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アマゾナス州

更新: 2019年5月23日 12:28

【概要】

アマゾナス州 (Estado de Amazonas) は、ブラジル北西部に位置しブラジル国土の18.4%を占めるブラジル最大の州で、日本の面積の約4.2倍。 また、その面積の約98%は未開の原生林に覆われている。

略称は「AM」。 州都はマナウス。 

北にロライマ州ベネズエラコロンビア、西にペルー、南にアクレ州ロンドニア州、東にパラー州と面している。 広大なアマゾンの大半を占めており、アマゾン河を中心に多数の支流があり世界最大の流域面積を占める。 マナウスをはじめとした都市は河沿いに点在する。

アマゾンジャングル地帯の存在により、州の都市を網羅する道路網が他の州に比べ圧倒的に少なく、移動手段は主に船や航空機になる。 特に航空機は中小規模の空港が多数設置されており、アマゾナス州を拠点とする中小航空会社もある。

時差は州の南西部の一角を除き、ブラジリアより1時間遅い。 アクレ州に近い南西部地域は2時間遅くなる。 夏時間の設定はない。

  

 

【アマゾナス州 州旗】


  州知事:アマゾニーノ・メンデス州知事(政党:PDT) 2017年10月~
  面 積:1.559.149,876平方キロメートル
  人 口:406万3614人(2017年)
  人口密度:2.61人/km2(2017年、ブラジル地理統計院人口推計)
  州 都:マナウス
  主要農産物:マンジォーカ(芋類)、米、トウモロコシ、大豆

 南緯1度~3度、西経61度30分~64度に拡がる総面積2.3万平方㌔を越える「ジャウー国立公園」は、アマゾンにおける熱帯雨林が良い状態で保存されており、この地域に入る為には、ブラジル政府の許可が必要である。 「黒い河」と形容されるジャウー河は、ネグロ河の支流であり、腐敗した植物を含み酸性が強く河の水はブラックコーヒーのように黒い。 周辺の生態系は、ピラルクーをはじめとした多種多様な魚類の生息地であると同時に、アマゾンマナティー、アマゾンカワイルカ、ジャガーなど約120種の哺乳類の生息が確認されている。 この公園は2000年にUNESCOの世界遺産に登録された。 2003年に周辺のマミラウア「持続可能な開発」保護区とアマナ「持続可能な開発」保護区とが、『中央アマゾン保全地域群』の名称で拡大登録されている。

 

【略史】 

 アマゾンは、1532年から1539年の間にペルー方面からソリモンエス河沿いに東下してきたフランシスコ・オレリャナを隊長とするスペイン人探検隊により欧州に紹介された。 「アマゾン」の名は、この探検隊が同地の奥地で出会った髪を長く伸ばしたインディオを女性だと思ったオレリャナがギリシャ神話に登場する女性部族アマゾネスにちなんで、同地をアマゾンと名付けたことに由来している。

 以来、アマゾン地域は西欧人の関心を呼ぶこととなり、また、この新大陸は豊富な資源に恵まれているとの情報もあったことから欧州人の間で先陣争いが繰り広げられた。
1669年、ポルトガル人の手によってリオ・ネグロ地域は一応確保されたが、スペイン人とポルトガル人との間で紛争が絶えなかったため、1750年にスペインとポルトガル両国の間でマドリッド条約が結ばれた。 これによりラ・プラタ河流域はスペインが、アマゾン河流域はポルトガルがそれぞれ統治することが取り決められた。

 

【日系人社会と進出企業】 

 アマゾナス州の邦人数は、2016年10月現在、1,139人(長期滞在者284人、永住者855人)となっている。 このうち、大半の邦人がマナウス市及びその近郊に居住しており、2000年ブラジル地理統計院の国勢調査では日系人は26,613人が居住している。 移住地としては、市内のカショエイラ・グランデ移住地、また、マナウス市郊外のエフィジェニオ・デ・サーレス及びベラ・ビスタ両移住地、マナウス市よりアマゾン河の下流に位置するパリンチンスマウエス方面にも邦人が居住している。

  

 永住者の多くは農業に従事し、主として鶏卵、野菜、グァラナ胡椒等を生産しているが、マナウス市の発展に伴いこれら生産物の販路が広がってきたため、かなりの成果を挙げるようになっている。 他方、物流事情が改善され、サンパウロ等から安価に入荷される生鮮野菜類、鶏卵等と競合せざるを得ないため、営農家の中には当地の気象条件に合ったランや熱帯果樹等を生産、出荷する動きもある。 また、就労年齢に達した日系人の中には離農して都市に就職するものも少なくなく、日系進出企業や州政府・連邦政府に入り、要職につく人もいる他、日本に出稼ぎに行く人も見られる。

  1967年のマナウス・フリーゾーンの設置以来、本邦より約40社が進出しており、 これらの企業及び長期滞在者子弟の教育のため、昭和58年(1983年)4月、マナウス日本人学校が開設され、2019年4月現在、19名の生徒が同校で学んでいる。 また、同校は地元日系人子弟を対象とした「文化コース」を併設しており、現地日系生徒12名が受講、計31名の児童が学んでいる。